20年ごとの遷宮…生まれ変わり、若返りの約束が千年にわたり守られて来た神明神社と八王子社の物語

神宮と篠島

神宮・・・「お伊勢さん」と親しく呼ばれ「伊勢神宮」とも言われますが正式名称は「神宮」です。
神宮と篠島は古来より深く関わってきました。

「日本書紀」によると倭姫命(やまとひめのみこと)一行が船で伊勢湾を御巡幸の途中
篠島に立ち寄りになって、ここを御神領に定め荒御魂(あらみたま)をお祀りしました。
そして篠島周辺の豊かな鯛の漁どりを御覧になり御贄所と定められました。
それ以来、島で採れた鯛を塩づけに調製し、奉納月日や尾数は各時代に
変遷があったものの、神宮への奉納は今日まで固く守られてきました。
現在は508尾が毎年神宮に奉納されています。

篠島の中手島は神宮の御料地で、島で水揚げされた鯛を
調製する干鯛調製所、乾燥場、貯蔵庫の施設が置かれています。
この鯛は御弊鯛(おんべだい)と言われ神の食事、御神饌として捧げられます。

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平成10年に篠島漁協が中心となって古式にのっとった形を復活し、おんべ鯛祭りとして毎年10月12日にとり行われ、島の重要な行事となっています。
神宮に寄せる島人の想いは古来より揺るぎなく、後も決して絶えないでしょう。

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神宮より下賜された太一御用の旗を掲げ、篠島から伊勢の国、神社港(かみやしろこう)まで
海を渡る奉納船を他の船は航路を譲り、海賊もこれを避け、陸路では大名行列も下馬し
おんべ鯛奉納の行列を妨げなかったと伝えられています。
太一御用の「たいち」は天照大御神(あまてらすおおみかみ) の意です。

古来からの作法により整えられたおんべ鯛が中手調製所より篠島港まで運ばれます。
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厳粛なお祈りのあと、奉納船は伊勢の国、神社(かみやしろ)港へ出港します。
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